
/流れ者たちのワンナイト 映画『ミステリー・トレイン』レビュー|ジム・ジャームッシュは何も起こさない
公開日|2022年5月23日 最終更新日|2025年9月11日
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今回紹介するのは、アメリカインディーズ映画の巨匠、ジム・ジャームッシュ監督の映画『ミステリー・トレイン』。永瀬正敏と工藤夕貴を起用したことで話題になった本作は、安ホテルを舞台にした3つのストーリーがオムニバス形式で描かれており、ジム・ジャームッシュ監督特有のオフビートな会話劇も健在だ。そんな『ミステリー・トレイン』をあらすじやキャスト紹介、感想や解説まで交えてレビューしていく。
目次
ミステリー・トレイン
基本情報

脚本・監督|ジム・ジャームッシュ
制作|ジム・スターク
音楽|ジョン・ルーリー
配給|フランス映画社
公開|1989年
上映時間|113分
配信サイト | 配信状況 | 無料期間 | 料金 |
NETFLIX | 見放題 | なし | 890円(税込)~ |
Prime Video | レンタル 購入 | 初回30日間無料 | 600円(税込)~ |
U-NEXT | 見放題 | 初回31日間無料 | 2,189円(税込) |
※本ページの情報は2025年9月時点のものです。
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ミステリー・トレインのあらすじ
『ファー・フロム・ヨコハマ』
アムトラック(全米を走る旅客鉄道)で、日本の横浜から旅行中のジュンとミツコは、アメリカ・テネシー州で生まれ育ったアーティスト、エルビス・プレスリーやカール・パーキンスの話に花を咲かせていた。メンフィス駅で降車し、彼らがレコーディングした音楽スタジオの見学に行くジュンとミツコだったが、案内人の退屈な説明や、英語の理解も及ばず、すぐさまその場を後にする。2人はメンフィスをあてもなく練り歩いていたところ、アーケード・ホテルという安ホテルを見つけ、そこに泊まることにする。
『ア・ゴースト』
夫の亡骸と共に故郷であるローマに帰国しようとするルイーザ。だが、飛行機便の手違いで、メンフィスに丸一日滞在する羽目になってしまう。売店で新聞を買おうとすれば、不要な雑誌をたんまり買わされ、レストランに行けば、地元の男に小話を聞かされたあげく、その対価に金銭を要求される始末。ことごとくツキがないルイーザは、疲れ果て、アーケード・ホテルという名の安ホテルに辿り着く。ディディという女が金銭がなく宿泊を断られていたので、ルイーザは相部屋を提案し、2人で泊まることにする。
『ロスト・イン・スペース』
ジョニーは、失業の末、恋人のディディにも出て行かれてしまった。錯乱状態のジョニーは、酒場で拳銃を振りかざし、手に負えない。そこへディディの兄のチャーリーと、友人のウィルが駆けつけ、なんとかジョニーを外へ連れ出した。3人は車で街へ繰り出し、酒屋で酒を買って帰ろうとするが、酒屋の店主が人種差別をしたことで、ジョニーは拳銃を取り出し、店主に発砲してしまう。酒屋から車で逃亡する3人は、一時的に身を隠すために、ウィルの友人がいるアーケード・ホテルという安ホテルに匿ってもうことになった。
そして安ホテルで過ごす3組のワンナイトが始まる。
ミステリー・トレインの評価
映画『ミステリー・トレイン』のおすすめ度
★★★★☆|4/5
ミステリー・トレインの監督・キャスト
脚本・監督|ジム・ジャームッシュ
映画『ミステリー・トレイン』の監督ジム・ジャームッシュは、1953年、アメリカ・オハイオ州生まれ。ニューヨーク大学大学院での卒業制作、80年『パーマネント・バケーション』で長編映画デビューを果たすと、84年『ストレンジャー・ザン・パラダイス』ではカンヌ国際映画祭でカメラ・ドールを受賞する。監督作品は全て自身で脚本も執筆しており、その独特のセリフ回しや、オフビートな作風は、唯一無二である。
本作はジム・ジャームッシュにとって初めてのオムニバス形式の作品となった。各話に共通して起こる出来事が3つの物語の世界を繋げており、その秀逸な演出は、カンヌでも認められるほど。登場人物の詳しい説明というのが、セリフの中だけでしか読み取れないが、それがまたジャームッシュ映画への没入感を高めてくれる。彼の作品はふとした時に手にとってしまうほど、繰り返し見たくなってしまう。
『ファー・フロム・ヨコハマ』
ジュン役|永瀬正敏
『ファー・フロム・ヨコハマ』でジュン役を務めるのは、永瀬正敏。1966年、宮崎県生まれ。83年『ションベン・ライダー』で映画デビューを果たすと、本作『ミステリー・トレイン』ではオーディションを経て見事ジュン役に抜擢された。
ミステリー・トレイン出演後も、ジャームッシュと親交を深めてきた永瀬正敏だが、16年『パターソン』では脚本時から永瀬を想像してキャラクターを描いたと直々にオファーをもらい、出演を快諾したほど。
本作では、横浜からはるばるやって来た、カールパーキンス好きの青年、ジュンを演じた。
ミツコ役|工藤友貴
ミツコ役を演じるのは、工藤友貴。1971年、東京都生まれ。スカウトにて芸能界デビューを果たすと、様々な映画・ドラマに出演する。ハリウッドでの女優活動に興味を持ち、本作『ミステリー・トレイン』でミツコ役に選ばれた。
本作では、メンフィス出身のアーティスト、エルヴィス・プレスリーをこよなく愛するミツコをチャーミングに演じた。
『ア・ゴースト』
ルイーザ役|ニコレッタ・ブラスキ
ニコレッタ・ブラスキは、1960年、イタリア生まれの女優。ジャームッシュ作品の出演は『ダウン・バイ・ロー』に続き2作目である。
本作では、未亡人となり故郷に帰国する予定が、メンフィスで一夜を過ごすことになるルイーザを演じた。
『ロスト・イン・スペース』
ジョニー役|ジョー・ストラマー
ジョニー役を務めるのは、パンク・ロックバンド「ザ・クラッシュ」のギターボーカル、ジョー・ストラマー。50歳という若さでこの世を去ってしまった彼だが、最も偉大なシンガーとして今でも語り継がれている。
失業と、彼女に逃げられてしまった反動で、厄介ごとを立て続けに起こすジョニーを演じた。
ウィル・ロビンソン役|リック・アヴィレス
ウィル役を演じるのは、アメリカのコメディアンのリック・アヴィレス。
ジョニーの友人であるウィルを演じた。
チャーリー役|スティーブ・ブシェミ
チャーリー役を演じたのは、1957年、アメリカ生まれの俳優スティーブ・ブシェミ。クエンティン・タランティーノ監督の処女作『レザボア・ドックス』やコーエン兄弟の『ファーゴ』にも出演する実力派だ。
ジャームッシュ作品の常連で、何かと巻き込まれてしまいそうな役柄を演じており、作品で一度見ると忘れられなくなる。
本作でも、巻き込まれ体質のディディの兄チャーリーを演じた。
メンフィスと音楽とファッションと
メンフィスは音楽の街だ。エルビス・プレスリーやカール・パーキンスといったロカビリーミュージックを代表する名だたるアーティストたちの聖地でもあり、ロックンロールへの愛が充満している。
そんな彼らを崇拝して止まない日本人カップルのジュンとミツコ。特にジュンに至っては、ファッションも50年代ど真ん中といった格好。50年代はカントリー音楽のヒルビリーとロックンロールがかけ合わさったロカビリーミュージックの影響もあり、「ロカビリーファッション」が大流行していた。ジュンも日本人ならではのセンスにロカビリーを上手く融合させており、イケてる雰囲気を醸し出している。
ファッションに関しては、ジム・ジャームッシュ本人のセンスが良いので、当然、劇中のキャラクターもみな、気取ったり気取らなかったりの格好よさがあるのだ。
音楽の話に戻そう。本作ミステリー・トレインでは3つのストーリー共通で、ラジオからエルビス・プレスリーの「ブルー・ムーン」が聴こえてくる。ジュンとミツコはホテルで眠りにつく前、ジョニーとウィルとシャーリーは酒屋の店主を銃で撃った後の車の中、ルイーザに至ってはホテルの部屋で聴いていると、幽霊のエルビス・プレスリーが見えるハプニングも起こる。
皆境遇は違えど、同じ夜にメンフィスという街で、エルビス・プレスリーの「ブルー・ムーン」を聴き、同じ安ホテルに泊まるという偶然。なんだか、エルビスの音楽に導かれているように思えるが、彼らは決して物語で交わることはないというのも、ジャームッシュならではのオフビートなのだろうと思う。
ジム・ジャームッシュは何も起こさない
ジャームッシュ作品は、派手な爆撃やベタベタなラブロマンスなんかは起こらない。そこにあるのは登場人物たちの日常と会話劇。そんなものがどうして面白いんだと思う方もいるだろうし、あらすじだけを友人に説明したら、到底見てくれるとは思わない。でも、その一見ありふれた日常を、ジム・ジャームッシュは、この上ない日常として描く。
永瀬正敏演じるジュンは、安ホテルに着くとおもむろにカメラを取り出し、写真を撮り始める。ミツコはそれを見て「なんであんたって泊まった部屋ばかり撮るの?外の景色とか街とか、もっと撮るものはあるでしょ?」と聞くと、ジュンは「そういうのは記憶に残るさ、だけどホテルの部屋とか空港とか意外に忘れちゃうだろ」と言う。
普通、現代人がヨコハマから飛び出して来たなら、街の風景やその土地ならではのスポットなんかをパシャパシャ撮るはずだ。でもその非日常の体験は記憶に残る、だからこそ忘れてしまう日常の部分を切り取ろうということなのだ。
この何気無い会話の中でも、ジム・ジャームッシュのありふれた日常に対する見え方がいかに素敵なものなのかがわかる。
人生はミステリー・トレイン
そういえばミステリー・トレインってどういう意味なんだろうと調べてみた。すると、ミステリー・トレインとは、出発駅からの目的地をあえて乗客に案内させずに、どこかの目的地に行くという観光専用の列車のことだそう。
それを踏まえた上でもう一度映画を見てみる。すると1回目に見たときよりも違った景色が見えた。登場人物たちが皆んな流れ者だということだ。いや正確には旅人と言うべきだろうか。
アメリカは様々な人種が集まるので、ジュンとミツコのような観光客はもちろん、ルイーザのように故郷から離れて暮らしていた人もいるだろう。でもメンフィスに住んでるジョニーだって例外ではない。失業して恋人に逃げられ、おまけに発砲事件まで起こして、安住の地であったはずのメンフィスにいられる状況ではなくなっている。(その後はどうなったかはわからないが)
このように、ジム・ジャームッシュは決してメンフィスに生きる人たちが旅人ではないとは描かない。処女作である「パーマネント・バケーション」では主人公の高校生が「僕は永遠の旅人なのさ」と言っていたように、人生においてたとえありふれた出来事だとしても、それは旅の途中であり、明日はまた素敵なことが起こるかもしれないと常に教えてくれるのだ。
だからこそ日常を大切に描くジム・ジャームッシュの作品に我々は惹かれるのかもしれない。まだ目的地は知らされていないが、次の駅はどこなんだろうと思いを馳せるのは、人生の醍醐味なのだとこの映画は教えてくれた。
そうそう、個人的にジュンとミツコがスーツケースの取っ手に竹を棒を通して、一緒に持って歩いてるのがツボだった。
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