破壊は心を直すヒント 映画「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」を考察|大切な存在を描く傑作

公開日|2024年10月21日

今回紹介するのは、2017年公開の映画『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』です。主演は演技派として映画ファンからの評価が高いジェイク・ジレンホール、監督は『ダラス・バイヤーズクラブ』でアカデミー賞を3部門受賞したジャン=マルク・ヴァレです。2人が初コンビを組んだ本作では、大切な人を失った人間の心の機微が丁寧に映し出されています。抽象的なシーンもかなり多い作品ですが、考察を交えながら「1.気付き→2.解体→3.修復」という流れでその魅力を解説していきます。以下、ネタバレを含みますのでご注意ください。

雨の日は会えない、晴れた日は君を想う

監督|ジャン=マルク・ヴァレ
上映時間|101分
日本公開|2017年2月18日

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※本ページの情報は2024年10月時点のものです。
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本作の評価

映画「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」の総合評価

Cinedripスコア|8.2 / 10

本作は批評家の間でも賛否両論が分かれています。国内のレビューサイトFilmarksでは3.6 / 5、映画.comでは3.5 / 5、海外のIMDbでは7.0 / 10、Rotten Tomatoesでは55%と、やや賛否が分かれています。

個人的には壊れた人間を描く物語が数多ある中で、その感情の移り変わりを見事に表現した稀有な作品だと思いました。突飛な行動を取る主人公に少しずつ魅了されていく不思議な体験ができる映画です。ネタバレの要素を含むため、未鑑賞の方はご注意ください。


作品の基本情報

あらすじ

ウォールストリートで成功したエリート銀行員デイヴィスは、ある朝突然、交通事故で妻を失う。一滴の涙も出ず、悲しみに無感覚になっている自分に気付いた彼は、義父のある言葉をきっかけに、身の回りのあらゆる物を破壊し始める。

キャラクター

主人公|デイヴィス (ジェイク・ギレンホール)

© 2015 Twentieth Century Fox Film

自販機会社の顧客係|カレン (ナオミ・ワッツ)

© 2015 Twentieth Century Fox Film

デイヴィスの義理の父親|フィル (クリス・クーパー)

© 2015 Twentieth Century Fox Film

カレンの息子|クリス (ジュダ・ルイス)

© 2015 Twentieth Century Fox Film

デイヴィスの妻|ジュリア (ヘザー・リンド)

© 2015 Twentieth Century Fox Film

1 物の不具合に気付き始める

妻のジュリアからも”無関心”と言われていたデイヴィスですが、妻の死によって世の中の見え方に変化が起きます。

M&Mが出てこない自販機

病院に設置された自販機にお金を入れるも、目当てのM&Mが途中で詰まって出てこない。これはデイヴィスが自分の心の不調に気づいた暗喩(メタファー)だと言えます。デイヴィスは返金対応をしてもらおうと、自販機のチャンピオン社に手紙を書き始めるのですが、その内容の大半は自身の過去を振り返る物でした。デイヴィスは手紙を通し自分の過去から現在までを辿ることで、不調の原因を無意識的に探ろうとしているのです。

会社の個室トイレのドア

個室トイレに入ろうとすると、軋む音を立てるドア。なんでこんな音が鳴るんだという顔をするデイヴィスですが、物の不具合、つまり心の不調に敏感になっている証拠だと言えます。彼は今まで見過ごしていた不具合に目を向け始めているのです。

列車の緊急停止レバー

毎朝列車で顔を合わせる男に、マットレスの販売員という嘘をついた事、本当は金融業で勤めている事を明かします。さらには、「妻を愛していなかった、彼女が死んだのに辛くもなんともない」と告白し、列車の緊急停止レバーを引きます。なんとも脈絡のない言動と行動です。ただこれは心の不調に対してデイヴィスが正直に向き合った結果ではないでしょうか。事実デイヴィスは、正直になれたのかもと言っていますし、列車を止めた彼の顔はいつもより晴れやかでした。

「いろんなことに気付き始めた。本当は、見えてたのかも、興味がなかっただけで。どういうわけか、全てが象徴(メタファー)になった」

映画「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」より


2 破壊と分解によって不具合の原因を探る

義理の父親であるフィルの、「何かを直すときはまず分解しろ。心の修理は車の修理と同じだ。まず隅々まで点検する、そして組み立て直す」という言葉を思い出すデイヴィス。破壊と分解によって心の奥深い部分の点検を始めるということです。

そして自販機会社の顧客係、カレン・モレノという女性から「あなたの手紙を読んで泣いた」との連絡を受けます。彼女とのやり取りをしていくうちに、彼は素直な感情を曝け出してくのでした。

水漏れを起こしていた冷蔵庫

2週間も水漏れを起こしていた冷蔵庫の修理に取り掛かろうとするデイヴィスでしたが、機会音痴を自称するだけあり、まともに点検ができません。結局どこが不調の原因がわからないまま、破壊じみた行動をしていきます。自分の心に何が起きているのかを知りたいが故に、少し苛立ちを覚えています。

あらゆる物の分解

仕事に身が入らなくなっているデイヴィス。でもそれは身の回りの世界で起こる不具合への気づきが多くなっている証拠でもありました。そしてあらゆる物を分解し始めます。

軋む音を立てていた会社の個室トイレのドア、不調を起こしていたオフィスのパソコン、2000ドルのカプチーノ機、ついにはフィルの家の洗面所の照明までもをパーツを綺麗に整列させて分解していきます。

お金を出すから解体工事を手伝わせてくれと言って工具で他人の家を破壊し始めるのは、他人からしたら恐怖でしかありません。もちろんデイヴィスの周りの人間も完全にドン引き。唯一カレンだけは手紙を通してその正直さを受け止めています。

結婚生活の破壊

© 2015 Twentieth Century Fox Film

デイヴィスが一番破壊したくてその中身が見たいもの、それはジュリアとの結婚生活そのものです。そこに愛がないのだとすれば何があったのか気になるのは当然のこと。その象徴(メタファー)となるのが、何もかもピカピカしていて嫌いだと言っていたでした。カレンの息子クリスを連れ出し、文字通り”ぶち壊し”ていきます。

流石にブルドーザーを購入して突っ込んでいくシーンは流石にエスカレートし過ぎているのでは、と笑ってしまいましたが、当人たちは至って真面目。息子のクリスが、破壊を達成しても尚、空虚を見つめる悲しげなデイヴィスの口角を手で押し上げて笑顔にするシーン。あれは本作の中でも特に美しいと感じる名場面だと思いました。

破壊をしていく中で、デイヴィスは1枚の写真を見つけます。その写真とは、ジュリアが過去に妊娠し中絶していたことを示す物だったのです。


メモの意味

3の修復の前にこちらを先に考察したいと思います。

デイヴィスは妻のジュリアが別の男との間に子供を授かっていたことを知り、失意の中にいました。ジュリアの墓に訪れると見知らぬ男がやって来ます。デイヴィスはその男に「全部知ってるんだ。でももういい。彼女の愛に応えてくれていた事を祈るよ」と言います。

しかしその男は交通事故でジュリアとデイヴィスに衝突した車の運転手だったのです。「もっと早くに、、、本当にすみません」と感涙するマイケルをデイヴィスは抱擁します。その後、車の中に戻ったデイヴィスはジュリアのメモを見つけます。そこには「雨の日は会えない、晴れた日は思い出す」と書いてありました。

タイトルにも繋がっている重要なシーンでしたが、このメモの意味がよくわからなかったという方をレビューサイトなどでお見かけしましたので、解説したいと思います。まずこのメモはサンバイザーに貼ってあったものです。その点を踏まえると比較的分かり易いかなと思います。

© 2015 Twentieth Century Fox Film

メモは英文だと「If it’s rainy, you won’t see me, if it’s sunny, you’ll think of me」となっていて、日本語に訳すと「雨の日は私のことを忘れているけど、晴れの日は私のことを思い出してね」という意味になります。

つまり、「雨の日はサンバイザーを使わないからこのメモを見ることはないだろうけど、晴れの日はこのメモを見ることになるから私のことを思い出すね」という妻からの愛のあるメッセージだったのです。そうして、デイヴィスは妻のジュリアと過ごした日々を思い出し、自分のことを愛してくれていたと気付き、心から涙を流すのでした。

劇中のメモの意味を踏まえると、邦題のタイトル「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」は多少ニュアンスが異なって聞こえてしまうなと感じました。昨今で話題の”邦題が違いすぎる問題“が頭によぎりましたが、逆にこれ以上にひきのある詩的なタイトルを付けるのは難しいなと感じました。

ちなみに本作の原題は「Demolition (解体)」なので、比べてみると映画を見る印象が大きく変わりそうです。邦題を付けるって凄く難しい事なんだなと改めて感じます。


3 修復で人生の再出発へ

デイヴィスの奇行により、フィルとの関係も破綻しかけていましたが、デイヴィスは謝りに行きます。「彼女との間に確かに愛はありました。疎かにしていただけで」と。そして、ジュリアの名前で立ち上げられた基金で何かをしたいと涙を流しながらフィルにお願いをします。

© 2015 Twentieth Century Fox Film

デイヴィスの案により、ジュリアの基金は壊れていたメリーゴーランドの修復費に充てられ、障害を持つ子供たちの手に渡ることとなりました。何か世の為にお金を使おうというのは、周りの物事に酷く無関心だったデイヴィスの大きな心境の変化であり、それはジュリアとの思い出を掘り起こす中で見つけた彼女への愛そのものでした。

そして長い旅路の果てに、デイヴィスの心は修復されたのでした。

カレンとクリスの破壊と修復

カレンと息子のクリスも関係が壊れかけていました。カレンはクリスの事を、21歳のような言動をする15歳と言い、頭を悩ませていましたが、クリスは自身のセクシュアリティに対して悩みを持つ年頃の青年です。

ですがクリスが暴行にあい入院した事をきっかけに2人の関係性も修復へと向かっていくのです。「もう誰にも傷つけさせない。私も傷つけない。あなたは何ひとつ変わらなくていいわ」と母親としての覚悟を示しました。

本作はカレンとクリスの修復の物語でもあったのです。


感想

個人的にとても好きな映画でした。一見突飛な行動をするデイヴィスですが、内面を曝け出しながら右往左往する彼の実直な姿に少しばかり共感を覚えてしまいます。

デイヴィスは、ジュリアが亡くなって初めて彼女の心の内側を知ることが出来ました。自分の心の内側を知る事ですら難しいのに、家族や恋人の考えている事だったりを知るってほぼ不可能に近いと思います。デイヴィスのように無関心であれば尚更です。

でもお互いが少しでも同じ方向に歩み寄ることが出来たら、思いは多少なりとも伝わると信じたいです。それがお互い生きている間に出来たらどれほど幸せなことか、本作はそういう大切な存在を改めて考えるきっかけになりました。

© 2015 Twentieth Century Fox Film

あとジュリアの基金で修復をしたメリーゴーランドですが、あれは障害を持つ子供たちに贈られたものでした。明言はされていませんでしたが、ジュリアは別の男ではなく、デイヴィスとの間に障害のある子供を授かっていたと考えます。彼女が特別支援学校に勤めていたこともあり、子供を授かった事で人知れず苦悩した結果、中絶という選択を取った。

もちろん推測でしかありませんが、デイヴィスへの愛が本物じゃなければ、デイヴィスの夢の中で嘘の無い笑顔でメリーゴーランドに乗る訳がないのですから。


本作が好きな人におすすめの映画

世界にひとつのプレイブック

監督|デヴィッド・O・ラッセル
上映時間|122分
日本公開|2013年2月22日

「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」が好きな方におすすめする映画は「世界にひとつのプレイブック」です。

あらすじ

妻の浮気で心のバランスを崩し、すべてを失ったパット。実家でリハビリ中の彼は、近所に住むティファニーに出会い、そのとっぴな言動に振り回される。実は夫を亡くして傷ついていた彼女は、立ち直ろうとダンスコンテスト出場を決め、パットをパートナーに…。

©2012 SLPTWC Films, LLC

少し毛色は違う作品ですが、こちらも過去の自分と向き合う主人公とヒロインの物語となっています。アカデミー賞主演女優賞を獲得したジェニファー・ローレンスの演技が圧巻で、物語冒頭から一気に引き込まれます。コメディの要素もあり、どなたでも楽しんでいただける内容なので、一見の価値ありです。