アニメ「攻殻機動隊SAC」はなぜ人を魅了し続けるのか|スタンドアローンエピソードを振り返る

攻殻機動隊SAC(スタンド・アローン・コンプレックス)はアニメファンはもちろんのこと、サブカルチャーに傾倒している人なら1度は聞いたことがあるのではないだろうか。

攻殻機動隊とは何なのか?

遡ること1989年、士郎政宗原作の「攻殻機動隊」がヤングマガジン海賊版で連載開始されると、瞬く間に注目を集め、その評判は海をも超えた。緻密な物語構成と近未来SFならではの膨大な情報量に、当時の読者たちは困惑しながらも、その唯一無二の世界観に没入し、カルト的な人気を誇った。

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押井守監督による2度の劇場版アニメ化のヒットを受け、押井守の弟子でもある神山健治が監督を務めたアニメシリーズ「攻殻機動隊SAC(stand alone complex)」が2002年に放送開始された。世界観は原作の要素を取り入れながらも、ストーリーは完全オリジナルで、近未来と現代社会の社会問題をリンクさせた展開の斬新さは今も色褪せることはない。

笑い男事件を主軸に展開される「complex episode」と1話完結の「a stand alone episode」が織り混ざった全24話で構成されているが、どの特集記事でも専ら笑い男事件がフィーチャーされることが多いこのシリーズ。ただ、私としては繰り返しSACを見た後に不思議と心に残っているのは、1話完結のスタンドアローンエピソードなのだ。

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社会問題や近未来がテーマである故に、難解な話もあるが、スタンドアローンエピソードでは、登場人物たちの内面が描かれ、アンドロイドにも心はあるのか否か、人は夢を追うべきか、といったある種哲学的な問いかけが随所に見られる。見終わると不思議と何かうっすらと尾が引かれたような気分になり、まるで一本の映画を見終わったような感覚にさせてくれる。そしてしばらくして、ふと「あのシーンは一体なんだったのだろうか」と視聴者の想像を膨らませてくれるのも私が好きな理由の1つだ。

今回はそんな攻殻機動隊SACの「スタンドアローンエピソード」から選りすぐりのエピソードを紹介しながら、攻殻の深みを感じてもらいたい。

第12話 タチコマの家出 映画監督の夢 ESCAPE FROM

スタンドアローンエピソードの中で1番心に残ったエピソードは何かと聞かれたら、迷わずに12話 タチコマの家出 映画監督の夢を選ぶだろう。

タチコマの家出

公安9課に配備されているタチコマは9機あるが、バトーはその中の1機を専用機として扱っており、通常のオイルではなく天然オイルを特別に使用したりとかなりの思い入れがある。

タチコマは戦闘後に経験値やデータを他のタチコマと並列化し、機体に差異が出ないように整備されていたが、バトーの天然オイルが原因で、1機のタチコマが単独で行動を開始し、無断で家出をしてしまうところから物語は始まる。

タチコマは任務以外での単独行動は許されていなかったため、外の世界の情報量は新鮮そのもので、従来の何倍も何百倍もの知識が流れ込んでくる。そうこうして街を練り歩いていると、1人の少女と出会う。彼女は家出してしまった愛犬のロッキーを探していると言い、タチコマに協力してくれないかと頼み込んでくる。

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物語前半ではタチコマが徹底した心を持たない「機械」として描かれているのも面白い。ロッキーらしき犬を見つけるとがさつに鷲掴みにし、ロッキーではないとわかると、ポイッとゴミのように投げ捨てる。少女に可哀想だからやめなさいと叱られても、「でも要らない犬でしょ?」と冷酷なまでの機械っぷり。逆に人間味を感じてしまう一面をタチコマは持ち合わせている気がしてしまう(笑)

そして物語は終盤、タチコマと少女がロッキーのいるであろう公園に向かう途中「秘密の金魚」という物語を知っているかと少女が問いかける。その物語はこうだ。自分の金魚を頑なに見せたがらない主人公の少女がいた。大人たちに金魚を見せてほしいと言われても、自分のお小遣いで飼った金魚だから見せたくないと少女は言い、大人たちを困らせる。でも実際は、金魚は既に死んでいて、少女は自分が悲しむであろうという事を大人たちに悟られたくなかったのだと言う。なぜなら少女自身が十分悲しんだのだから、、と。

とても切ない話だが、1つの尊い命に対する人間の考え方が色濃く出ているシーンになっている。先ほどまで「またお小遣いを貯めて新しい金魚を買えばいいじゃないか」と言っていたタチコマも少し考えさせられていたような沈黙があった。

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公園に辿り着くとタチコマが1つの墓を見つける。そこにはロッキーと名前が彫ってあり、少女はそれを見ると「本当は知ってたの、でも私がロッキーを探すふりをしないとパパとママに私が悲しんでいることがわかっちゃう」と吐露する。

タチコマは人間が死に対して悲しみを抱くという事実を目の当たりにし「やっぱり僕にはわからないな、もしかしたらゴーストがないからなのかも」と呟くものの、目からは涙を模した天然オイルが流れていたのだった。

タチコマが徹底して機械的な描かれ方をしていたこともあり、後半での少女との会話では「人間と機械の違い」を認識させられる。そしてこのラストシーンでは、ゴーストの存在によって人間と機械の隔たりがなくなるのではないかという今後の重要な示唆もされており、見どころの多いAパートとなっている。

映画監督の夢

Aパートと地続きになったBパートなのだが、この話の独特さと世界観は見応えがある。近未来の世界観にリンクさせた話の多い攻殻機動隊SACだが、これは人間の美しくも残酷で、それでも続いていく生というものがこの映画監督の夢では語られている。たった10分足らずのエピソードなのに、こんなにも心に残るのはなぜなのだろうか。少し振り返っていこう。

タチコマが露店からこっそりと持ち帰った謎の箱を鑑識に回す少佐。箱の正体を探るため、その内部に潜った鑑識だったが、外部との音信が途絶えてしまう。只事ではないと悟った少佐は、自ら内部に潜入することを試みるのだった。

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ところがこの箱の正体、ハッキングやプログラムの逆流などではなく、とある日の目を見ることがなかった神無月という名の映画監督の脳と生命維持装置だったのだ。独自の作家性を持ち合わせた神無月だったが、その独創性は大衆には受け入れられず、せめてもの策で電脳の中で理想とする映画を作り、その中にダイブする悩める人々の心を掴んで離さなかった。

スタンドアローンエピソードは、サイバーテロや社会問題といういわゆる”攻殻らしさ”よりも、人間らしさが垣間見えるストーリー展開が多い。機械が人間らしさを知る瞬間、捨て身ながらも夢を叶えようとする生き様、人の深層心理を垣間見させられ、私たちの心に何かを残していくのだ。

このエピソードでの少佐の一言もなかなか重い。少佐「夢は現実の中で戦ってこそ意味がある、他人の夢に自分を投影してるようでは死んだも同然だ」神無月「リアリストだな」少佐「現実逃避をロマンチストと呼ぶならね」。

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おまけにバトーから映画の誘いを受けると、少佐「見たい映画は一人で見に行くことにしてるの」バトー「じゃあ、それほど見たくない映画は?」少佐「見ないわ」

ここ、なんだか痺れてしまう会話劇。少佐自身も神無月の映画に涙しているのを見ると、少佐も現実逃避を自分が気になる映画に求めている節もあるのではないだろうかと思ってしまう。1人で映画に行く大半の理由は、その世界にどっぷり浸かりたいと思わせてくれるからという他にあまり思いつかない。

付け加えると、この話で一才神無月の映画の内容に触れられていないのが逆にこのエピソードを深みのあるものにしている。それが意図的なのかどうかはわからないが、唯一わかっているのは、その映画が大衆には受け入れられなかった映画監督が魂をかけて作った作家性の強い作品ということだけだ。これによって我々視聴者にとっての現実から逃避できる映画とは何かということも考えさせれてしまう。

何はともあれ、ああだのこうだの推測させてくれる余白があるのもスタンドアローンエピソードの良い所だなあと常々感心してしまうのだ。

ちなみにサブタイトルのESCSPE FROMはシンプルなタチコマの家出という意味と、少女のロッキーが死んだという事実からの逃避、現実世界よりも映画の世界の中で生きたいと願う人たちの逃避といった様々な要因から付けられている。

第17話 未完成ラブロマンスの真相 ANGEL’S SHARE

国際テロ対策協議に参加するため、渡英中の課長と少佐。会議後、帰国まで1日の時間があったため、寄り道をすると課長はタクシーを降りていった。向かった先は課長の昔馴染みの経営するワインファンド。2時間で迎えに来いと言った課長だったが、少佐はオーナーの淡麗な容姿を見て、昔馴染みという言葉に何やら懐疑的な表情を浮かべていた。

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オーナーは相談事があって課長を呼び出していた。彼女の薬指の指輪を見て少し物憂げな表情をする課長だったが、すぐさま本題に入る。その内容は、銀行の上層部の手引きで、ワインファンドを使ったマフィアのマネーロンダリングが行われているというものだった。課長は「ここはイギリスだ、完全にわしの管轄外だよ」ときっぱり断りを入れ、彼女も納得した上で昔話でもしましょうという提案をしたが、その直後、ワイン目当ての2人組の強盗がビルに侵入してきたのだった。

しかし強盗が侵入して間も無く警察に包囲される面々。あまりにも早い警察の動きに、課長はマフィアと銀行を仲介する黒幕がイギリス警察であることに気付く。裏帳簿を知る人間をまとめて抹殺しようと企む警察に対抗すべく課長とオーナー、そして強盗の2人は脱出作戦を計画する。

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このスタンドアローンエピソードもなかなか他とはひと味違う作りになっている。

攻殻機動隊で恋愛模様が描かれるエピソードというのは稀だが、その中でも課長がメイン故に1話全体に大人なムードが漂っていて渋い。

それに課長の頭のキレ具合も遺憾無く発揮されている。「貴様らは武器を提供しろ、ワシは知恵を提供してやる」こんなセリフ人生で一度は言ってみたい。普通なら少しばかり厨二病的な発言に聞こえるが、課長が言えばそれはもう信頼に値する魔法の言葉。

話は進み、少佐の協力により無事警察の目をくぐることができた面々たち。なんと、課長たちは脱出したのではなく、超高級ワインが貯蔵されている隠しワインセラーの中に隠れていたのだった。

無事裏帳簿のデータを入手した課長と少佐は、イギリス警察上層部の悪事を暴き、一件落着となったのだった。

その後、課長はオーナーに事後処理は地元公安が処理するといった趣旨を伝え、別れの挨拶に「ご主人にもよろしく」と一言添えると、彼女は「え?ああ..これね ずっと黙ってようと思ってたんだけど、実はあの時結婚はしなかったの。それでもこっちに来たのは甘えを断ち切ろうと思ったから。これは男避けにしてるだけよ..ねえ、1日だけ帰国を延ばせない?」と課長に提案するが、課長はやんわりとその誘いを断る。

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「本当は一緒に飲みたかったけど」と少し残念そうなオーナは課長にお礼の高級ワインを渡し、彼女を背に課長と少佐は車に乗り込む。

少佐から別に帰国を伸ばしても良いと少し冷やかした口調で言うと「ワイン同様、熟成に時間を要する人間関係もある。余計な気は使うな」となんともおしゃれな言い回しをする課長。

課長と少佐はホテルで一杯やろうと、その場を去るのだった。

もう「大人すぎる!!!」の一言

彼女と課長の過去は全く語られていないが、彼女が結婚をせずに渡英し、指輪を男避けにしていることや、課長に対しては心を開いていること、課長らしからぬ早とちりの仕方。これらから視聴者は様々な関係性を推測できる余地があるのが本当に素晴らしい。

それはひとえに会話のリズムとセリフ回しなのではないかと思う。少しここで語っておきたい。

独特なセリフ回しが攻殻のムードを高める

攻殻機動隊という名前からして、アニメをあまり見たことがない人にとっての敷居は高いだろうなと感じる。かくゆう私もその1人だった。ただやはりこの攻殻機動隊SACというアニメは、1度見始めると、何度も繰り返し見たくなる要素がギュッと詰まっている作品だ。今回スタンド・アローンエピソードを特集したのは、箸休めのようなエピソードなのにも関わらず、タイトルから一挙手一投足まで味わい深いというギャップを感じたからだ。

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先ほど紹介した課長とワインファンドのオーナーの会話。オーナーの「え?ああ..これね ずっと黙ってようと思ってたんだけど、実はあの時結婚はしなかったの。それでもこっちに来たのは甘えを断ち切ろうと思ったから。これは男避けにしてるだけよ..ねえ、1日だけ帰国を延ばせない?」

政界の人間だからか、とても簡潔で静かだが、様々な感情がセリフの中に見え隠れしており、素晴らしいと思った。例えば”あの人”とは結婚しなかったの、というセリフだとしたら、なんだか台無しになってしまう。それは”あの人”という人物が優先的に視聴者の頭によぎり、その人物とはどんな人だったのか?という想像だけが働いてしまう可能性があるから。しかし”あの時”にすることで、課長とオーナーの過去の関係性の方がより色濃く浮かび上がり、なんともロマンチックなムードを醸し出している。

タイトルセンスも抜群だ。「未完成ロマンスの真相」とあるが、ロマンスはどちらかと言えば女性側の視点に立った言葉で、男性側はロマンと言う。

これは勝手な推測だが、課長よりもオーナーの方が理想的な淡い恋模様を描いており、自分のピンチに駆けつけてくれた課長に対して抱いていた気持ちを、直接的ではなくとも伝えたかったのではないかと考える。

“未完成”というのは課長とオーナーにとって、”ロマンス”はオーナーにとって、”真相”は長らく課長の知らなかった彼女の過去と気持ちのことなのだろう。ワイン同様に時間を要する人間関係もあると課長は言ったが、おそらくこの時点で課長の答えはおおかた決まっているのだろうなと見てとれる。

言葉の中に感情や情景が目に見えるほど盛り込まれているのは情熱的だと思うが、この攻殻機動隊の良さは、例え近未来の話だとしても、日本語の回りくどさと美しさがセリフの中に混在しているのがとても好奇心をくすぐるのだと思う。

少し長くなってしまったが、攻殻機動隊をこれから見る人、もう見たという人も、タイトルやセリフ、登場人物たちの関係性なども追って見てみるとまた新たな発見があるのかもしれない。そして是非スタンド・アローンエピソードにも着目してみて欲しい。